「まわりは普通にやっているのに、自分だけついていけていない気がする」
経理を始めたばかりの頃、私もそう感じていました。この記事では、私が「ついていけない」と感じていたとき、その正体が何だったのか、そしてその後どうなったのかを書いていきます。すべて私の場合の話ですが、同じように感じている方が、少しでも自分を責めずに済むきっかけになればと思います。

着任した初日に、もう無理だと思った
私が経理を任されたのは、転職して入社した会社でした。前職とはまったく違う業務からのスタートです。
着任したその日から、いきなり仕事がどっと来ました。正直に言って、初日の時点で「これは無理だ」と思いました。
最初は、自分の能力が足りないのだと思っていた
ついていけないと感じていたとき、私はその原因を、自分の能力が足りないからだと考えていました。
ただ、いま振り返ると、この見立ては違っていたと思います。少なくとも私の場合、しんどさの本体は能力の話ではありませんでした。
当時の状態を分解すると、しんどさは2つが混ざったものでした。分からないことがあること。そして、聞ける人がいないこと。この2つが同時に来ていたのです。
恥は、すでに捨てていた
よく「分からないことは、恥ずかしがらずに聞きましょう」と言われます。私も、そのとおりだと思います。
ただ、私の場合、その段階はすでに過ぎていました。馬鹿にされてもいいと思っていたのです。
実際、「これは聞いたら呆れられるだろうから、やめておこう」と飲み込んだ質問は、私にはありません。聞けるものなら、どんなに初歩的なことでも聞くつもりでいました。
それでも、聞けなかったのです。
聞けなかった理由は、質問が作れなかったから
なぜ聞けなかったのか。何を聞けばいいのかが分からず、質問の形にできなかったからです。
分からないことがあるとき、私たちは「ここが分からないので教えてください」と言葉にしなければなりません。ところが当時の私は、その言葉が作れませんでした。
「何が分からないのか、分からない」という言い方をよくしますが、私にとっては比喩ではなく、そのままの状態でした。聞く勇気の問題ではなく、聞く材料が手元にない。これが「ついていけない」の正体だったのだと思います。
だとすれば、「勇気を出して聞きましょう」というアドバイスが自分に効かなかったのも、当然だったわけです。恥ずかしさで止まっていたのではないので、勇気を出したところで解決しません。
だから、過去の書類を片っ端から調べた
質問が作れない以上、自分で手がかりを集めるしかありませんでした。
私がやっていたのは、過去の書類を片っ端から見て、調べることです。効率的なやり方を選んだというより、それしか手がなかったというのが実際のところでした。
なお、過去の書類や前例を参照するやり方そのものについては、別の記事にも書いています。この記事の最後にリンクを置いておきます。

質問ではなく、自分なりの答えを持っていった
調べた結果を、私はどうしていたか。
自分ひとりで解決して終わりにしていたわけではありません。調べたうえで自分なりの答えを出し、上司に「こうしました」と説明していました。
いま思えば、これが当時の私にできる唯一の形だったのだと思います。「分かりません、教えてください」とは言えない。でも「こう考えて、こう処理しました」であれば言葉にできる。同じ確認でも、後者なら質問の形にしなくて済むのです。
もし当時の私と同じように、聞きたいのに質問が作れないという状態の方がいたら、質問を作ろうとするより、答えを作って持っていくほうが早いかもしれません。間違っていれば、そこで直してもらえます。
分からないまま、進めたこともある
とはいえ、分からないまま処理を進めてしまったことも、正直あります。
そのとき私が考えていたのは、「間違っていたら、指摘があるだろう」ということでした。褒められたことではないと思います。
実際にどうなったかというと、指摘されることもあれば、そのまま通ることもありました。ケースバイケースです。必ず誰かが拾ってくれるとは限りませんでした。
それでも、手が止まったまま何も進まないよりはよかったと思っています。この進め方が正しいかどうかは職場によると思いますが、少なくとも私の場合は、そう考えることで動けていました。
続けて、どうなったか
では、このやり方を続けて何が起きたのか。
正直なところ、劇的に何かが変わったということはありません。ある日を境に急にできるようになった、という覚えもありません。
ただ、ひとつだけ確実に効いたことがあります。一度調べたことは、似たような事例が出てきたときに役に立ちました。調べた分だけ手持ちが増えるので、同じところで止まらなくなる。その積み重ねで、困る場面が少しずつ減っていきました。
「質問が作れるようになった時期はいつか」と聞かれると、明確には答えられません。何かきっかけがあったわけではなく、回数をこなしているうちに、自然とそうなっていたという感覚です。
ですから、いま「ついていけない」と感じている方に、いつになれば終わりますとは言えません。私の場合は、その感覚がなくなったというより、困ることが減っていった、という表現のほうが近いです。
20年たったいまも、ついていけないと思うことはある
そして、これが一番正直なところです。
経理を20年やっているいまでも、「ついていけない」と思うことはあります。
理由ははっきりしています。税制改正は毎年あります。去年の判断が今年は通用しないということが、実際に起きます。加えて、使っているシステムも改良されていきます。慣れた画面や手順が、ある日変わっていることもあります。
つまり、経理を続けている限り、新しく分からないことは出続けるということです。自分の理解力が上がっても、外側が変わるので、追いかける状態そのものは終わりません。
だとすれば、「ついていけない」という感覚は、いつか消えてなくなるものではなく、この仕事とずっと付き合っていくものなのだと思います。少なくとも私は、そう考えるようになりました。
いま後輩には、「最初からできるわけない」と言っている
立場が変わって、いまは自分が後輩を見る側になりました。
ついていけないという顔をしている相手には、「最初からできるわけない」と言うようにしています。厳しく言うことはありません。諭すような言い方になっていると思います。
そう言ったときの相手の表情から、こちらが分かったうえで言っている、というのは伝わっているように感じます。
厳しく言う必要を、私は感じません。自分だって、そうだったからです。
まとめ
経理の仕事についていけないと感じるとき、その原因は能力ではないことがあります。少なくとも私の場合は、何を聞けばいいのかが分からず、質問の形にできなかったことが本体でした。
恥ずかしくて聞けないのなら、勇気を出すという解決策があります。でも、聞く材料そのものが手元にない状態は、勇気ではどうにもなりません。私は過去の書類を片っ端から調べ、自分なりの答えを出して上司に説明する、という形をとっていました。質問が作れないなら、答えを持っていく。当時の私には、それが一番現実的でした。
そして、それを続けても劇的には変わりません。困ることが少しずつ減っていくだけです。20年やったいまでも、税制改正やシステムの変更で「ついていけない」と思うことはあります。
ですから、いま同じように感じている方も、その感覚を完全になくすことを目標にしなくていいと思います。ついていけないと思いながら、それでも続けている人は、実際にいます。
そして、この仕事を続けるかどうか。それを考えるのは、もう少し先でもいいと思います。ついていけないと感じている最中に出した結論は、どうしてもその感覚に引きずられます。困ることが少しずつ減って、周りが見えるようになってからでも、遅くはありません。
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